長谷川です。明日は申し上げておりましたように、お休みさせていただきます。
ところで、市場について少し気になる記述がありましたので、忘れないうちにここに書いておきます。できたら次回質問できたらと思います
”「市場」というものが最初の生産者と最後の消費者が出会う場だと思い込むような単純な発想は、この際捨てなければならない。大半の取引は、長い商品連鎖の中間のどこかに位置する二人の生産者の間で行われて来たのである。買い手というのも、自らの生産過程のための「インプット」を買うのである。売り手は「半製品」を売る訳だが、、(中略)、、、このような市場で価格をめぐる争いが起きるのは買い手が商品連鎖上それに先行したすべての労働過程から少しでも利潤をもぎとろうと必死になるからである。この争いが、一定の時間と空間においては需給バランスによって決着されることは間違いないのだが、決してそれだけでもない。第一に需給は独占体がかける圧力によって操作される。第2に、売り手は垂直的統合によって価格を動かすことができた。垂直的統合は水平的統合同じように、決して珍しいものではない。、、、、こうした企業はいずれもグローバルな組織になっており、ひとつの商品連鎖に関してできるだけ多くの環をとりこもうとしたものである。、、、したがって、史的システムとしての資本主義においては、「市場」という商品連鎖の結節点があって、そこでは買い手と売り手がはっきりと区別でき、両者は互いに対峙する、といったかたちよりは両者が垂直に統合されている形の方が、統計的に言えば常態であった、と。” Historical Capitalism Immanuel Wallerstein 史的システムとしての資本主義 から
つまり、価格が需給バランスのみえざる手によって決定される場合よりも、近代的な資本主義の下ではむしろ垂直に統合された環によって価格が決定されてきた、ということです。たとえばトヨタとその下請けなどの力関係のはっきりした状況などをさしているのでしょうか。
また、続いてこうも言っています。商品連鎖が高度化すればするほど、大都市などの中核地域に余剰(利潤)が流入し、それによってさらにその地域は生産力が高まる。商品連鎖について語ることは、社会的分業について語ることで、社会的分業は資本主義の歴史的発展につれてますますヒエラルキーを構成するようになった。そして中核地域と周辺地域の世界経済における両極分解がますます進むようになった。中核地域に余剰が集中するようになった結果、相対的に強力な国家や財政基盤を作り出す基盤が生まれた。一報周辺国家では、労働者が生き残れるように比較的安価な報酬で労働者が働き、またそうした労働世帯が生存可能な構造を作り出した。いわゆる賃金の格差は、その労働者がどの地域に属しているかによって驚異的なものとなった。
確かに市場は単に売り手と買い手のものというよりは、もっと複雑な生産過程の一部で行われている、という説明の方が現代のシステムにあっているように思います。また、そこでは価格が自由競争で決定されることは少なそうな気がします。だからこそ流通システムでのイノベーションを行って価格を下げる事ができた企業が競争力を持ち(その流通システムの変化自体にどこかの労働力の搾取が内包されているとしたら)他もそれにならうのでは。そしてその一部の環が排除されたり搾取されたりする。また、工場を中国やインドに持ってくるといったことも同じような意味合いが?この本が言っている事は、近代、現代の資本主義はその資本主義自体のシステムを強化するために存在する、ということのようですが。
「市場を創る」やローマーを読んでなにかすごくわかったような気がしていたのですが、市場のシステムはそんなに単純ではないような気がまたしています。
2007年10月31日水曜日
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