2007年10月24日水曜日

10/25の課題 市場を創る(長谷川)

市場を創る

1、概略

うまく機能する市場とは:

政府、国家→ [トップダウン]→ 市場 ←[ボトムアップ]←プレイヤー
必要なインフラ:          ↑       個々の利潤追求の欲求
 私的財産保護      世論(ウオッチャー)   内部ルール、慣習、規則
バランスの良い知財保護              情報の円滑な流通
 道路、電機水道ほか基本的設備           自由な競争
 悪しき外部性への対処               相互の信頼
 X汚職、収賄

著者の主張:市場は、それ自体が目的ではなくあるひとつのシステムであり、生活を引き上げるための(貧困を撲滅できる)ひとつの手段である。市場は全能ではなく、うまく機能するときに力を発揮する。市場が悪であるというような、または市場が常に正しいといったイデオロギーの立場をとるのではなく、ひとつのシステムとしてアプローチすることが重要である。

2、議論したい点、感想

市場が有効に機能するための5つの条件について、さまざまな今日的な例をあげて非常にわかりやすく述べた本である。この中にもファンデルローエの、”神は詳細に宿る”があげてあるが、まさにバラエティに富んだ実例の詳細な分析がこの本の白眉ではないかと思う。

いくつか思ったのは、ユートピア思想との関係について、(とくにロシアと中国の例が出ているところから連想した部分もあるが。)
ユートピア思想のキリスト教的背景を抜きに考えれば、良い市場とはユートピアの必要条件で有り続けた。(「ユートピアの思想的省察」/ルイスマンフォード)しかし私有財産というものが認められない場合、人々のモチベーションが薄いので市場はなりたたないだろう。また共産主義は、ユートピア思想ではないのだが、同一視される事が多いのは、共同体的な統制された経済の実現という誤ったイメージを双方が保持していることだろうか。しかし市場の中では、こちらは現実にも関わらず、悪事は損得によって回避されることが多い点(人々の相互信頼)や、人々の生活水準や衛生、安全などなど、いいことづくめのユートピア的な特徴がある。ユートピアとは善の場所で、かつどこにも無い場所(トマス・モア)であるが、うまく機能する市場にひょっとして姿をあらわしているのでは、と思ったりもした。

美術の世界で活躍している理論家たちは知る限りでは、前提として市場とグローバリゼーションに否定的であるが、美術の世界が市場と相互補完的に成り立っており、裕福な篤志家(多くは企業や企業家や投資家)なしには成り立たないこともまた事実である。(レンブラントが美術市場に尽力したとは知りませんでした!)美術品の価格ほど曖昧なものもないだろう。なにしろ、たったひとり高値をつけても欲しい人がいることによって価値が変わる可能性があるのだ。オークションの章は、興味深く読んだ。

周波数帯オークションについて、新しい同時上昇オークションの方法を著者マクミランを含む学者たちが作り上げ、実施したことについては、面白い逸話だと思うが、周波数帯というものにあらたに財としての価値を加える事についての疑問は真剣に議論されたのだろうか。このような前例ができると、ほかにも応用されて企業だけではなく不利益が出る場合があるのではないか(本書では納税者のベネフィットのみがあげられていたが)企業が周波数利用に多額の支払いをすることで、その負担が利用者にまわされるとか、またはその企業の労働者の給与に影響するなどの問題はなかったのか。放送局はすでに設備投資をして放送を可能にしているのに、その上自然のもの(?)であるような周波数の利用について支払うということはどうなのかとも疑問が残った。

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